飽きるということ

ども、僕です。

短いけど

酔いが回って来て最近思うことを書くよ

私が初めて本気で学問に取り組んだのは

大学に入るための勉強が最初だった

最初こそ義務感で嫌々やっていたけれど

コンスタントに勉強するうちに

学問の底冷えするような楽しさを感じることができた

そしてその楽しさは不思議とこれから先も消えることはないだろうなとその時思った。

大学に入り、繊細な取り扱いによって生まれた理論と、安全と大胆さによって生まれた実験を体験して

なんて自分は今まで適当に生きていたのだろうと思った。

何気無く選択をして、選択の中で自分らしさを見つけている。

…学問の世界にいる、という選択も実は何気ないものだ。

結局楽しさを与えられたタイミングが良かっただけで、題材は学問じゃなくても良かったのかもしれない

それでも自分にとって居心地が良いのは学問だから

まぁ居て良いよと言われるうちは居ようと思っている

とにかく何でこんなことを書いているかと言うと

「受験の時、一緒に学問に燃えた友人達が、徐々に学問に対し飽きたと言ってるから」

なんです。

この、この主張は客観的ではない。

だって他人に勝手にガッカリしてるからだ。

本来は自分の内から湧き出る衝動によって、自分の行動は決めるべきだから

むしろ友人達の主張は正しいし、尊重すべき。

ただその未来の選択肢として学問が選ばれなかったのが悲しい

そう言う事実が私の中にあることを分かって欲しかった。

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