知りすぎると幸せを容易に得られなくなる話
書いていきます。
昔の方が楽しかった
趣味ぐらいが一番脂が乗る
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よく聞く話で、自分自身よく思う話です。
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これは推察だけど
知り過ぎると面白くなってしまうからなんじゃないであろうか。
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研究もそうだし自分自身もそうだし、何でもそう。
適当にやっているうちが一番楽しいんです。
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しかし、それで良いんでしょうか。
すぐに出来上がる物を成果物とは言いません。
アイデアと時間がかかったものを敬意を込めて成果物と呼んで
人々はありがたがる。
成果物は具体的には、絵画や映画、ランチやイベントなど。
一般に仕事の結果として出てくるものは概ね成果物と呼んで良いと思う。
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そういったものを作れる人に金やものや人や栄誉が与えられる。
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もちろん楽しみながら最高のものが作れれば、さぞ良いのだと思う。
しかし人の一生、特に50歳までに子供を20歳まで育てておきたい自分にとっては
仕事のクオリティと趣味的楽しさの探求の両立をする、時間はない。
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すでに論文も出ていて、私の値踏みは始まっている。
フランスのマリーグループとの競争も苛烈を極めている。
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まぁ〜〜〜
知り過ぎた先にある更なる楽しみを見つける他ない気がする。
うん。
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うーむ。