それじゃあ書いていくよ〜

研究室のOBに性転換した人や

お付き合いしてる人がジェンダーレスな考えを持っていたりして

ジェンダー論に関して調べたり、関心を持って生活をしている。

そこでよく見かけるのが

体験者の周囲でしか起こり得ないような特殊なケースを基に

「女性は」「男性は」と話を広げていたり

体験者の感想を拡大解釈し同性の人も同じ体験をしているはずであるとして

「女性は」「男性は」と話をしていたりする

例である。

そういった記事やツイートを見ると

あー…そんな論にもなってないもんで満足できるんか。

いいなあ。

と思う。

皮肉成分もあるが純粋に良いなぁと思う。

あまり知らない間が一番物事楽しいと思うので。

研究はその点では、一つのことを知り尽くすことなので

楽しくないものにあたる。

これは実際そうだと思う。

ただ別の面を見るべきで

感想だけでは確立が難しい論理的な思考を育てることができる。

これは人間が人間らしくあるために重要なことだと思う。

感想だけで生きるのは動物と同じだ。

博士に行く理由もこの辺りの理由が大きい。

自分は元は感想で語るタイプだったけれど

だんだん飽きてきて論理で語る人間に興味が湧いた、という経緯がある。

まぁ、こんなところだろうか。

そいたらまた。